ヨネックス・テニスラケットの歴史について|歴代有名ラケットは?

ヨネックス・テニスラケットの歴史について|歴代有名ラケットは?

ヨネックスのラケットの歴史

日本生まれのテニスラケットメーカーとして、世界のメーカーと戦ってきたヨネックス。
バトミントン用品では世界的なシェアを誇り、カーボン成形技術は世界の最先端を走るメーカーでもあります。
現在テニス、バドミントンだけにとどまらず、カーボン成形技術を応用してスノーボードやゴルフ用品など、様々なスポーツ用品に携わっています。
そんなヨネックスの歴史についてご紹介したいと思います。

 

創業者は米山稔氏で、米山の「よね」に無限の可能性を表す「エックス」を付けて、ヨネックスという社名になりました。
1958年の創業初期はバドミントンラケットの開発・販売で経営を軌道に乗せて、1970年ごろからテニスラケットの製造を開始します。
当時はアルミ製のラケットが主流でしたが、中でもヨネックスのラケットは打球の衝撃を上手く逃せるラケットとして人気でした。
ダブルスの名手で引退後はロジャー・フェデラー選手のコーチにもなった、往年の名選手トニー・ローチもヨネックスを愛用していました。

 

1980年代には世界市場を見据え、トッププロ選手と次々と契約していきます。
当時女子テニス界のトップに君臨していたビリー・ジーン・キング選手やマルチナ・ナブラチロワ選手とも契約を結びました。
このようにヨネックスを使ったプロが活躍していくにつれ、ヨネックスの名も世界で知られていくようになります。

 

その後もトップ選手との契約は継続されモニカ・セレス、マルチナ・ヒンギスなどの人気選手とも契約を結びます。
日本のプロ選手でいうと、クルム伊達公子選手がジュニア時代からヨネックスを愛用していることで知られています。

 

ヨネックスの歴代有名ラケット

ヨネックスの名器と名高いラケットがマッスルパワー。
世界ランク1位を取ったこともあるレイトン・ヒューイット選手が愛用していたことで有名なラケットです。
ヒューイット選手といえばがポイントを取ったときの「カモーン!!」の掛け声で有名ですね。
ヨネックスといえば他にも赤ラケと呼ばれるRDti70というラケットも有名です。発売当時、黒ラケと呼ばれるRDti50と人気を二分していました。
赤ラケはハードヒッターの上級者向けでしたが、そのコントロール性の高さからとても人気の一本でした。

 

ヨネックスのロゴマークの由来

空のブルー、大地のグリーンをイメージした2色がヨネックスのロゴのカラーです。
長岡まつり大花火大会ではヨネックスが提供する花火があがりますが、花火の色もこのブルーとグリーンの2色になっています。
これら2色の帯に、バドミントンの羽のようなマークが2つ並んでいますが、これは創業者の米山(YoneYama)の2つのYからとった yy をかたどったものになっています。

 

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